頑固猫の小さな書斎

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サーサーン朝の衰亡その4
 
サーサーン朝末期の反乱その1

 582年に即位したビザンツ帝国のマウリキウス帝は、財政的な危機から軍隊に対して物資の現地調達を命じたり、ドナウ戦線の緊迫化にともない、次第に軍人達の反発を買うようになっていた。やがて越冬の命令に反発してた軍の反乱によって首都で惨殺された。反乱軍の指導者として首都コンスタンティノープルを陥落させたのが、フォカス帝である。
 マウリキウス帝は、軍人としても政治家としても有能と評価されているが、悲劇的な最期を遂げてしまった。跡を継いだフォカスは帝都の上流階層と縁故がなく、政治運営は当初は安定せず、誇張されているだろうが反対する帝国官僚を大量に処刑した。しかし反対党派による暴動が首都やアンティオキアで発生したとは言え、半ば無政府状態となったと言う事はなく、時間が経つに連れて一般市民は新皇帝を受け入れていったと考えられている。
 一方反逆者ヴァフラーム6世によって帝位を追われ、マウリキウスの援助によって何とか皇帝位を回復していたエーラーン・シャフルの失地回復と拡大の好機となった。
 フスラウ2世は即位の際に失った領土を奪回すべく、602年に「恩人の仇」であるフォカス帝に宣戦布告する。
 ここに両国の衰亡の直接の原因となった長期の戦争の幕が上がったのである。

 即位から2年程フォーカスは政治家としてはようやく帝国運営に自信を覚えていた時期であった。後世の評判と違い、決して統治能力を欠いた人物ではなかったであろう。ただ帝都の官僚を未だ掌握できず、政局が安定させるにはまだまだ時間が必要であった。加えて彼を支持したのはローマ司教(教皇)だけであったと言われるほど、宗教的には不人気であった。
 そのため帝都を離れての防衛に積極的でなく、サーサーン朝軍に対する防衛は弟のコメンティオロスと地方軍の判断に委ねられた。
 604年エデッサでサーサーン朝が勝利を収めて、これを占領したのを皮切りに、フスロウ2世の派遣した軍隊は各地で勝利した。
 この様に次々とシリアの城塞や都市は陥落させられたと旧来言われてきたが、実際にはコメンティオロスはシリア戦線においては、失地をすぐさま回復したようであり、史実はサーサーン朝の苦戦とビザンツ帝国の善戦がより近いものであったのかもしれない。
 ただしフォカスによって自身に忠実なドナウ方面の部隊が引き抜かれた影響で、アヴァール族への防衛体制は崩壊し、戦線が各所で破られた。フォカスの失脚の背景は、サーサーン朝との戦争によると言うよりも、アヴァール族の侵攻に対処できなかった事の方が重要と思える。

 さて連携を欠いていたかもしれないがシリアのビザンツ部隊は維持され、その防衛体制は機能し続けた。勝利は得られずとも、シリア戦線は破綻することなく、戦争は数年で膠着状態に陥った。
 ところが既得権を失った帝都有力者が、フォカス失脚の陰謀を巡らせていた。目を付けられたのは巨大な軍事力を所有していたカルタゴ総督ヘラクレイオスであった。フォカスの娘婿までがヘラクレイオスと内通し、連絡を取りあっていた。
 簒奪の好機と見たヘラクレイオスは、同名の息子ヘラクレイオスを派遣して、フォカス一派を帝都から排除する事に成功する。
 しかしこの際に反乱に対処すべくシリア軍団が前線を離れた事で、帝国軍の防衛体制に大きな穴が生まれ、サーサーン朝軍に付け入るすきを与えてしまったのである。
 戦線は瓦解し、混乱は収まらず、帝国は東方領土の大半を失う事となった。

 フスラウ2世はこのビザンツ帝国の混乱拡大を見逃さず、ルミヤーザーン将軍に大部隊を授けてシリアに侵入させた。アルメニア方面を宿将のフィリッピカスに任せるとヘラクレイオス自身はシリアに転戦した。しかしアンティオキアで行われた戦闘でビザンツ軍は大敗して小アジアに撤退。シリアは首都ダマスカスが落ちてサーサーン朝の支配下に収まった。追撃をした部隊はキリキアの門を越えてタルススを占領し、首都コンスタンティノープル対岸の都市カルケドンを目指した。そしてシャヒーン将軍は615年にはカルケドンを占領、サーサーン朝と連携したアヴァール族が、617年にコンスタンティノープルの城壁下に現れ、ビザンツ帝国は滅亡の危機に陥った。
 またルミヤーザーン将軍は614年イェルサレムを占領し、ゴルゴダの丘でイエスが磔にされたと言う聖遺物「真の十字架」を奪取してクテスィフォンに送り、さらに「帝国の戦猪」を意味する名を持つシャフルバラーズと弟のファッロカーン(タバリーは弟とするが、2人は同一人物だろう)が翌615年にエジプトに進撃した。
 なおシャフルバラーズはミフラーン家出身とも、フスラウ2世の従弟あるい兄弟とも言われている。

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